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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)372号 判決 1975年12月25日

原告

本田耕造

右訴訟代理人

深田和之

外三名

被告

郵政大臣

村上勇

右指定代理人

渕上勤

外七名

主文

原告の第一次的請求はこれを却下する。

原告の第二次的請求につき、被告が原告に対し昭和四三年一月一三日になした懲戒免職処分はこれを取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判<略>

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、第一次的請求の原因

1 原告は、昭和三三年五月六日西成郵便局長から同局事務補助員を命ぜられ、爾来同局に勤務し、昭和三九年一〇月一日郵政事務官に任命され、引き続き同局集配課に勤務しているものであつて、全逓信労働組合(以下、全逓という。)に加入し、大阪地区本部西成支部に所属し、昭和三九年五月から昭和四一年一〇月まで同支部執行委員、同年一〇月から昭和四二年九月まで同支部集配課職場委員長、同年一〇月から同支部執行委員兼総評大阪地方評議会西成地区協議会副議長の役職に就任し、現在に至つている。

2 被告は、昭和四三年一月一三日原告に対し、国家公務員法(以下、国公法という。)八二条により懲戒免職処分(以下、本件免職処分という。)に付する旨の意思表示をなした。その理由は、「原告が、昭和四二年一二月四日西成郵便局郵便課事務室入口附近において、同局長の退去命令にもかかわらず、入室しようと自己の体で同局長の体を強く押し、あるいは強く突き当る等して同局長を仰向けに転倒させ、約五日間の通院加療を要する仙骨部打撲の傷害を負わせたばかりでなく、さらに暴力を振るわんばかりの不穏な態度を示す等し、また集配課長の同課職員に対する業務指導を妨害する等して職場秩序を著しくびん乱したものである。」というにある。<以下略>

理由

(第一次的請求について)

国家公務員たる地位を有することの確認を求める訴は、行政事件訴訟法四条に定める当事者間の法律関係を確認する訴訟で、かつ公法上の法律関係に属する訴訟であり、いわゆる当事者訴訟であると解すべきであるから、当該法律関係の帰属主体である国のみが正当な当事者(被告)となると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告は、第一次的請求として郵政職員たる地位、すなわち国家公務員たる地位の確認を求めているのであるから、右訴訟は、公法上の法律関係を確認する訴訟で、当事者訴訟に当ると解され、したがつて、その被告は、国家公務員に関する権利義務の帰属主体である国とすべきであつて、国の一行政機関の長である被告には、右確認訴訟の被告適格がない。

よつて、原告の第一次的請求は、被告適格を有しない者に対する不適法な訴として却下を免れない。

(第二次的請求について)

第一争いのない事実

請求の原因(第一次的)第一項1及び2に記載の事実は当事者間に争いがない。

第二被告の原告に対する懲戒権限の有無について、

原告は、本件免職処分は、処分権限のない被告によつてなされた違法がある旨主張するので、以下この点について判断する。

一被告が、国公法五五条一項により原告の任命権者とされていること、被告は、同条二項を根拠として、郵政省設置法二七条に基づき、職務規程七条二号、別表第一により普通郵便局の主任及び職員の任命権を普通郵便局長に委任し、同条四号別表第二により普通郵便局の主事、主任及び職員(非常勤職員を除く)に対する免職、停職の懲戒権限を地方郵政局長に、減給、戒告の懲戒権限を普通郵便局長に各委任していることは当事者間に争いがない。

二原告は、懲戒権は任命権(一般に、懲戒権と任命権とを含めて広義の任命権と称しているので、以下、懲戒権を含む任命権を広義の任命権といい、懲戒権を含まない独自の意味の任命権、すなわち狭義の任命権を単に任命権という。)に附随する権能であるからこれを分離して異つた機関に委任しえず、したがつて、職務規程にかかわらず原告に対する懲戒免職権限は普通郵便局長にある旨主張するのでこの点について検討する。

1  国公法五五条一項は、任命権者について、これを内閣、各大臣(内閣総理大臣及び各省大臣)、会計検査院長、人事院総裁、外局の長と定め、次いで同条二項前段において、「前項に規定する機関の長たる任命権者は、その任命権をその部内の上級の職員に限り委任することができる」と規定しているが、右の「委任」の性質について明示するところがない。講学上、行政庁の権限の代行について、「行政庁の権限の代理」と「行政庁の権限の代理」と「行政庁の権限の委任」とに大別し、前者にあつては、行政庁の権限を代行者が代理行使するにとどまり、権限そのものの委譲はないが、後者においては、行政庁の権限は、その委任した範囲において受任者に移譲され、委任庁はその権限を失い、受任者が自己の名において行使するものとされ、委任の場合は、このように法律上定められた権限の分配を変更することになるので、法律上の根拠を要するとされる。

ところで、国家公務員たる職員の任命行為は、国が、職員となることを志望する国民や既に職員になつている者について、これを特定の官職に任命し、公務員関係を発生せしめて行政組織内部に組入れる行為に外ならず、したがつて、その行為は、本来の行政行為の対象とされる一般国民に対して行われる対外的行為(独立の法人格者間の権利義務を内容とする法律関係)と区別され、内部秩序の問題として自律支配の作用する行政組織内部の行為(内部的行為)と解すべき余地が十分ある。

公務員の任命行為が、右のとおり行政組織内部に関するものであることの一面は否定しえないが、他面、公務員を志望する者に対し、これに公務員たる身分を与え、公務員関係を発生せしめる内容を有することも自明のことであるから、行政組織内部で独立の法人格を有しない行政機関相互間において行われる指揮監督上の行為とはその性質を異にし、降給、降任、停職、免職(このような行為は、行政処分とされ、行政訴訟の対象とされる)といつた行為と同様に、独立した法人格を持つた者に対して行われる行為としての側面を有するのである。したがつて、この限りにおいては、任命行為は、相互に独立した法人格者間に関係であり、権利義務を内容とする法律関係であつて、この点で、行政庁の一般の国民に対する関係(対外関係)と類似しているのであり、任命行為を行政庁の対外の行為の一種とみることができる。

右のように広義の任命権の行使が、単に行政庁の内部的行為に止まらず、対外的行為の性質を有するものであること、国公法五五条二項が特に「委任」という文言を用いて、同条一項による任命権者の権限を他の者に代行させるにつき法律上の根拠を与えていることを合せ考えると、右規定にいう「委任」は権限の委譲を意味すると解するのが相当である。人事院規則八―一二(職員の任免)三条、四条一項は、右のことを明示しているというべきである。

したがつて、国公法五五条二項の委任がなされれば、受任機関が委任機関の直接の下級機関であるときは、委任機関からの一般的な指揮監督権の及ぶことのあるのは格別、その権限は、全て受任機関に移転することとなる。そして、本件についても、被告は、右のような国公法五五条二項の趣旨に基づき郵政省設置法二七条、職務規程七条により任命権を下部機関に委任していると解することができる。

2  進んで、国公法五五条二項の任命権の委任にあたり任命権と懲戒権の分離委任が許されるか否かを考えるに、一般に、任命権と懲戒権とは密接な関連を有するものではあるが、その権限の内容を異にしているこことは論ずるまでもなく、理論上、当然不可分一体でなければならないものではない。

国公法が任命権の委任を許し、任命権の分散を認めているのは、任用の迅速と能率を期する趣旨からして合理性を有するところであるが、反面、職員を懲戒する権限についてはこのような要請よりも、むしろ公正と慎重が要請されるというべきである。したがつて、このそれぞれの要請に応じて、任命権と懲戒権とをそのふさわしい機関に分配することも、制度上合理性を有するところでもある。現に、国公法においても、人事院は任命権者でない場合にも懲戒権を行使することができ(同法八四条二項)、地方公務員法においては、同法六条一項において、地方公共団体の長などの任命権者は、「それぞれ職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする」とし、これを受けて、同条二項に「前項の任命権者は、同項に規定する権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる」旨規定し、あるいは自衛隊法三一条一項は、「隊員の任用、休職復職、退職、免職、補職及び懲戒処分は、長官又はその委任を受けた者が行う」旨規定し、任命権とは別個に懲戒のみの委任を明示的に認めているのであつて、任命権と懲戒権とが常に一体不可分のものと解すべきいわれはない。

ところで、国公法八四条一項に「懲戒処分は、任命権者が、これを行う」と規定するが、同条二項には、(任命権者でない)人事院も懲戒権を行使しうる旨を規定していること前記のとおりであり、同条一項の規定をもつて直ちに任命権と懲戒権との不可分性を規定したものともいえず、同法五五条の規定の文言と対照し、同法八四条一項の規定は、同法五五条一項にいう任命権者が懲戒権をも有することを明示するものと解される。そして、五五条一項の任命権者は、同条二項により、その有する広義の任命権を部内上級職員に対し一括して委任し、又は、狭義の任命権と懲戒権を分離して各別に委任することも可能というべきである。したがつて、同法八四条一項にいう任命権者とは、同法五五条二項の委任を受けた上級職員までも含むものとは解し難い。

他に、国公法上、任命権と懲戒権とが一体不可分のものであり、これを分離することを許さない趣旨の規定はないのであり、前記のような右両権限の性質に鑑み、これが分離委任は、合理的な理由の存する限り、国公法上、許されないものと解することはできない。

もつとも、人事院規則八―一二(職員の任免)の三条(任命権者)に「法及び規則中任命権者とは、法第五五条第一項又はその他の法律の規定により任命権を有する者をいい、同条第二項の規定によりその任命権が委任されている場合は、規則に別段の定のない限り、その委任を受けた者をいう」と、同四条(任命権の委任)一項に「法第五五条第二項の規定により任命権名委任するに当つては、一の官職について二以上の任命権者が同時に存在しないようにしなければならない」と規定し、又、人事院規則一二―〇(職員の懲戒)六条に「任命権者を異にする官職に併任されている職員について懲戒処分を行つた場合においては、当該処分を行つた任命権者は、他の任命権者にその旨を通知しなければならない」と、同七条(処分説明書の写の提出)に「任命権者は、懲戒処分を行つたときは、法第八九条第一項に規定する説明書の写一通を人事院に提出しなければならない」と規定する。右のような人事院規則の各規定と、前記の国公法五五条一項、二項、同法八四条一項の各規定の文言からして、任命権を有する者も懲戒権を有する者もいずれも「任命権者」としているのであるから、任命権も懲戒権も同一の任命権者に属し、これを分離することは、国公法ないし人事院規則の予定していないところではないかとの疑問も生じないではないが、国公法の各規定の趣旨は前記のとおりであり、人事院規則についても、その八―一二は「職員の任免]に関するものであり、その一二―〇は「職員の懲戒」に関するものであることは、右各規則の標題により明らかであり、前者にいう「任命権者」は、懲戒権の有無に関係なく、いわゆる狭義の任命権を有する者を、後者にいう「任命権者」は、懲戒権を行使すべき任命権者を意味するものと解しうるのであり、右各人事院規則の規定が存在するからといつて、任命権と懲戒権との分離が許されるとの解釈を左右することはできない。

してみると、前記(第二、一項)のように、国公法五五条二項を根拠とし、郵政省設置法二七条、職務規程七条二号、四号により被告が普通郵便局の職員(非常勤職員を除く)の任命権を普通郵便局長に委任し、その懲戒権につき、より重い免職、停職の懲戒権限をより上位の官職である地方郵政局長に分離して委任したのは、懲戒権の行使には公正と慎重さを要求されるという点からしても、合理性のないものでなく、違法なものとはいえない。

したがつて、西成郵便局(普通郵便局)の職員である原告に対する懲戒権者は、後記の懲戒権の委任の撤回のない限りは、大阪郵政局長であつたというべきである。

3 <証拠判断省略>

三被告は、被告が、先に大阪郵政局長に対して委任した懲戒権限につき、本件人事局長通達によつて原告のなした本件免職処分理由記載の行為に関してこれを撤回し、その懲戒権限を有するに至つた旨主張するのでこの点について判断する。

<証拠>によれば、郵政省人事局長から大阪郵政局長に宛てて、昭和四三年一月一二日付文書(郵人人第一〇号)をもつて、「全逓の昭和四二年年末闘争における責任者、指導者及び闘争にからみ違法行為のあつた職員に対して、下記により懲戒処分を執行することとなりましたので、各項了知のうえ、遺憾のないよう措置願います。命による。」との前文とともに、懲戒免職は職務規程別表第二懲戒権委任区分の定めにかかわらず郵政大臣が行うこと及び原告が懲戒免職の処分を受ける者であることを通達(本件人事局長通達)し、この書面は、同年一月一六日大阪郵政局長に到達したこと、一方、三家本局長は、同年一月一二日午後、上級機関である大阪郵政局人事部から電話で、本件人事局長通達が発せられていること及び翌一三日朝原告の懲戒免職処分辞令を同局まで受取りに来るよう指示を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、被告は、人事局長に命じて、本件人事局長通達によつて、先に大阪郵政局長に委任していた原告に対する懲戒免職処分権限を奪い(この性質については、後記認定のとおりである)、被告自らこれを行使する旨の意思表示をなし、右意思表示は、遅くとも昭和四三年一月一二日午後に、電話によつて郵政省人事局長から大阪郵政局長に通知されていることが明らかである。

四原告は、本件人事局長通達による懲戒権の委任の撤回には、(イ)法形式を異にする、(ロ)公示を欠く、(ハ)人事院への書面の提出を欠く、等の違法がある旨主張して争うので、この点について検討する。

1  もともと、権限の委任をなした行政機関は、原則として何時でもその委任を撤回することができ、懲戒権の委任の撤回についても同様である。その撤回の方式等については特別の定めがない限りは、当該権限の委任の方式に従うべきものである。そして、委任の方式、形式等については、法令の規定、委任の趣旨によつて定まるといわざるをえない。

国公法五五条二項の定める委任は、下級機関または補助機関に対するものであり、しかも、これが行政機関を構成する公務員の任命権あるいは懲戒権といつたいわば行政内部の事項に関するものであるから、その委任の方法、形式等について、独立した他の行政機関に対する委任、あるいは純粋に一般国民にする権限の委任の場合と異つた法的取扱がなされても何ら異とするに当らない。けだし、前記のとおり公務員関係について、これを法人格者間の関係であるという意味においては外部的関係と異るところがないといいえてもなお行政機関内部の関係であるという点からその任意の自律的規律に服せしめられる分野の多いことは否定しえないからである。

そして、国公法五五条二項の委任の方式等については、特に明文の規定はなく、前記のような公務員関係の特殊性と同条項の委任対象事項の内容からみて、純粋に一般国民に対する関係事項等の委任とは異り、法令の形式をとることを要せず、又、これを公示することまで要件としなくても、訓令の形式をもつて足り、上級の委任機関の意思が、書面あるいは口頭等その形式如何にかかわらず、相手方受任機関に到達した時にその効力が生じるものと解するのが相当である。国公法五五条二項後段において、「この委任は、その効力が発生する日の前に、書面をもつて、これを人事院に提示しなければならない」と規定し、かえつて官報への登載を必要としない趣旨を窺わせること等からみても、任命権、懲戒権の委任に際し、その公示を必要としないことを示唆しているものといえよう。

これを本件についていえば、前記のとおり職務規程による原告ら郵政職員の任命権、懲戒権の委任は、国公法五五条二項、郵政省設置法二七条に根拠をもつものであるが、直接的には、職務規程によつて定められており、右職務規程は、公達の形式をとつているが、その性質は訓令であり、これが公示の有無にかかわらず、違法ということはできないと考える。

なお、前記国公法五五条二項後段の規定を受けて人事院規則八―一二(職員の任免)四条二項は「法五五条二項の規定により任命権の委任を行う場合には、委任を受ける職員の占める官職の組織上の名称、勤務場所及びその権限の及ぶ官職の範囲を記入した書面を、その委任の効力が発生する日の前に人事院に提示しなければならない。」と規定しているところ、右提示を欠いた場合の委任の効力についてはなんらの規定もない。

思うに、人事院は、内閣の所轄の下に置かれた中央人事行政機関として、職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどり、また、職員の懲戒処分に関する不服審査機関としても位置づけされ、懲戒処分について直接の関連をもつ重要な機関である(国公法三条、九〇条)から、人事院が、その職責を遂行するに当り、人事行政上の任命権者、懲戒権者を明確に把握する必要のあることはいうまでもない。しかるに、前記のとおり、任命権、懲戒権の委任が官報等による公示を要せず、人事院がこれを知りえない場合も生じることとなるので、右権限の委任関係を明確に把握するため、これらの委任がなされた場合、当該委任に関する書面の人事院への提出を命じたものであると解するのが相当である。したがつて、委任に関する書面の人事院への提示は、人事行政上の必要から生じた内部的手続に関するものであつて、権限の委任自体の効力要件、すなわち、これを欠くことによつてその委任自体を無効ならしめるものと解することは困難である。(しかし、反面、人事院の職責を全うならしめるうえにおいて、右委任書面の提示は、重要な意味をもつものであるから、委任者が、右規定の趣旨を遵守し、務めてその励行を図るべきは論をまたないところである。)

2  前記のとおり、原告に対する懲戒権の委任は、職務規程によつてなされているところ、右規程の形式は公達であるが、その本質は訓令であるから、右規程に基づく懲戒権の委任の撤回も右規程と同等の効力を有するもの、すなわち、被告郵政大臣の訓令によることを要し、またこれをもつて足りるというべきである。

前認定の事実によれば、本件人事局長通達は、人事局長から大阪郵政局長に宛てた形式をとつているが、被告の命令によりなされたものであり、その実質は、被告の意思として発せられた訓令であるというべきであるから、被告は、本件人事局長通達によつて、先に発した一般的訓令である職務規程による原告に対する懲戒権の委任を、本件人事局長通達といつた特別的訓令によつて昭和四二年年末闘争行為に関連する行為を対象とする限度でこれを撤回し、その処分権を有するに至つたものということができる。(もつとも、一般的に、委任の撤回とは、将来に向つて、その委任を廃止することを意味するものと解されており、したがつて、委任者が、抽象的一般的に委任した懲戒権限につき、抽象的一般的な権限としてではなく、具体的に特定された一回性のある事項についてのみ権限を回復する行為は、一面では受任者の抽象的な懲戒権限の具体的事実への適用行使を制限したように解され、この視点からすれば、いわゆる委任の撤回行為と同一視しえない側面を否定しえないであろう。しかし、委任者が受任者に対する命令により、その具体的行為に対する懲戒権を元に回復し、自らその権限を行使する現象面からすれば、なお、懲戒権の委任の撤回と表現しても、異とするに当らないであろう。)

したがつて、本件人事局長通達によつて職務規程を変更する結果になつても、何ら違法は存しない。

3 次に、本件人事局長通達が公示されていないこと及び国公法五五条二項後段に定める人事院への書面提示のなされていないことは被告の自認するところであるが、前認定のとおり、懲戒権の委任につき、その公示及び人事院への書面の提示が効力要件とされていない以上、その撤回についてもこれを必要としないと解するのが相当であるから、右欠缺をもつて、本件人事局長通達による委任の撤回を違法とすることはできない。

したがつて、本件人事局長通達には、その主張のような違法はない。

もつとも、右のように解するときは、職員にとつては、自己の任命権者ないし懲戒権者が何人であるかを知りえない不安が存する結果となることは否定しえないけれども、懲戒の場合は、処分説明書の交付を受ける(国公法八九条)のであり、これにより処方者を知ることができ、不服申立の方法によりこれを争うこともできるのであるから、特段に不利益が生じるとはいえない。

4 <証拠判断省略>。

四右にみてきたところによれば、被告は、本件免職処分の発令に当り、原告に対する懲戒免職処分権限を有していたことが明らかである。

第三本件免職処分事由の存否について

一業務指導妨害について、

1 昭和四二年一二月四日午前九時五分ころ、西成郵便局集配課事務室において、荒木課長は、その朝礼で、休憩時間の付与方法の特定事項、すなわち郵便集配業務に従事していて、指定された休憩時間の開始時刻(午後〇時四五分)に至るも、なお、その便の業務が継続するときは、二〇分間の範囲において引続いてその業務を処理することを内容とする業務指導を行つたことは、当事者間に争いがない。

2 <証拠>を総合すると、次の事実(一部争いのない事実を含む)が認められる。

(1) 郵政事業職員勤務時間、休憩、休日及び休暇規程及び郵政省就業規則を受けて、西成郵便局においても服務表が定められ、その中で、主として郵便の市内配達の業務に従事する場合は、指定された休憩時間の開始時刻に至るも、なおその便の業務の継続中のときは、引続きその業務を処理しなければならないものとし(その継続する時間は、二〇分を上廻る時間になることを定めるものではない)、このような場合、指定された休憩時間の位置をその継続処理に要した時間に相当する時間を繰り下げるものとする、と規定され、右服務表は職場内に掲示され、職員に周知されるようになつていたこと、したがつて、同局の集配課員は、その勤務時間中に予定の郵便物の配達が完了しない場合、二〇分間を限度として休憩時間を繰り下げてその配達業務に従事しなければならないこと、

(2) 昭和四二年一二月一日ごろ、後記のとおり全逓は、その諸要求を掲げて闘争に入り、三六無協定と相まつて時間外労働を拒否する方針を打ち出し、これを受けて、西成支部でもそのような行動がとられたこと、そのため、同日ごろから徐々に郵便物の滞溜数が増加し、同日は約六、〇〇〇通、翌二日には約四、〇〇〇通に達していたこと、加えて、西成郵便局は、日曜配達廃止局に指定されていたので、同月三日の日曜日と重なつて、月曜日に当る同月四日には、適正な郵便物の配達を実施するにつき、職員が最大限の努力をする必要があつたこと、ところで、当時、西成郵便局においては、午前(一号便)及び午後(二号便)の二回に分けて配達業務を行つていたが、その業務中、本件特定事項を積極的に遵守する者はほとんどいない状態にあつたこと、そこで、荒木課長は、右のような一二月四日の業務運行状況からして、全職員につき、午前中の配達時間内に予定の郵便物の完配は困難であると考え、本件特定事項の周知徹底を図る必要を感じ、同日午前七時三〇分から集配業務に従事し、配達道順組立作業を行つていた集配課第六、第七班の課員(各班六人構成)に対し、前記争いのない事実のとおり、業務指導として、本件特定事項に従つた業務の実施、すなわち、休憩時間二〇分の繰り下げをし、午前中の配達を行うことを指示したこと、荒木課長は、右指導後、原告が後記のとおり全逓の組合員に右業務指導に反するような指示を行つていることを知り、その非を責めたが、原告はこれに応じて自己の指示を撤回するようなことはしなかつたこと、

(3) 全逓は、昭和四二年一〇月末ころ、年末一時金を含む経済要求、合理化に伴う労働時間の短縮、日曜配達の廃止、団体交渉権の確立、特定郵便局の近代化と労働条件の改善等四一項目にわたる要求を掲げ、被告に対してはもとより地方支部の段階でも当局と団体交渉をしようとの方針で、同年一一月を交渉期間として設定し、その交渉に入つたが、妥結に至らなかつたこと、その結果、全逓は、一一月三〇日、指令二四号を出して、一二月一日から休日、時間外労働の拒否、三六協定の不締結、平常能率での勤務、休暇闘争を含む実力行使を指示し、全国の職場で右実力行使がなされたこと、また、右年末闘争において、当時、当局側の全逓に対する組織攻撃、支配介入が行われているとして、特に悪質な管理者のいる局二十数局を想定拠点局に指定して、その闘争を強化する方針が立てられ、西成郵便局も想定拠点局の一にあげられていたこと、

(4) 同年一二月一日、二日の両日、西成郵便局においては、三家本局長以下職制が集配課事務室に集まり、同課員のうち全逓所属の職員の背後からその労働を監視する、いわゆる監視労働が実施されたこともあつて、全逓西成支部の役員であつた原告は、前記組合の闘争指令の実施督励に当るため、同月四日午前八時四五分ごろ、同局集配課事務室に行き巡回中、荒木課長から当時勤務中の集配課員(第六、第七班)に対し本件特定事項を遵守するよう業務指導のなされたのを知り、右指示が、全逓の闘争方針に反するような好ましくないものであると考え、右第六、第七班の集配課員のうち全逓の組合員(第六班は二、三名、第七班は二名)一人一人に対し、「いつものとおり帰えつて来い」と指示して廻つたこと、右指示を受けた組合員は、当時、午前の配達は、一二時三〇分に打切り帰局していたので、原告の右指示が、荒木課長の業務指導に従わず、午前一二時三〇分になれば、午前中の配達郵便物が残つても帰局せよ、との趣旨であると理解していたこと、

<証拠判断省略>

右事実を総合して勘案すれば、原告が、集配課員に対して「いつものとおり帰つて来い」と指示した行為は、荒木課長のなした本件特定事項遵守の業務指導と相容れないことが明らかであり、しかも同課長の業務指導が、その根拠、必要性において合理的理由が窺われるから、たとえ、全逓が年末闘争を闘い、原告がその所属組合員としてこれに参加している時期とはいえ、右のような正当な業務指導を阻害するような言動に及んだ原告の行為は許容さるべきものではない。

そして、右行為は、国公法八二条一号、三号に該当し、懲戒処分の対象とされる非違行為といわざるをえない。

二三家本局長に対する暴力行為について

1 昭和四二年一二月四日午後九時三〇分ころ、勤務時間外であつた原告は、「総評西成地協」と記した腕章を左腕に着用して、西成郵便局郵便課事務室に入室しようとしたこと、これを見つけた三家本局長が、腕章をつけたまま事務室に入ることを禁止したこと、これに対し、原告が抗議し、同室に入室しようとしたところ、原告と同局長との体が接触(ただし、その態様を除く)したことは、当事者間に争いがない。

2 <証拠>を総合すると、次の事実(一部争いのない事実を含む)が認められる。

(1) 昭和四二年一二月四日午前九時三〇分ごろ、原告は、左腕に「総評西成地協」と記した腕章を着用して「前記のとおり、全逓は、当時闘争中であつたので、原告はその団結と示威のため腕章を着用していた。)、右肩にカメラをかけ、集配課事務室にある自己使用のロツカーから日記帳を取り出す目的で、郵便課事務室を経て同所に行くべく、同局玄関ホールから郵便課事務室に入ろうとしたところ(玄関ホールから集配課事務室に行くには、郵便課事務室を通らねばならない。)、たまたま、同事務室入口から中に入りかけていた三家本局長が、右入口附近まで立ち戻り、原告の前に立ち塞がり、「ここから入つてはいけない、腕章をとれ。」といつたこと、これに対し、原告は、「なんでや」等といつて右命令に従う意思のないこと及び右入室の目的を告げたこと、しかし、同局長は、入室を認めず、対じしたまま右のような云い争いを繰返していたこと、右郵便課人口の巾員は、約1.6メートルあり、その扉は観音開で、郵便課事務室に左右に押し開かれていたこと、右のような入口附近での云い争いを聞いた郵便課主事小葉政清(以下、小葉主事という。)が、同課事務室内から入口附近に来ると、三家本局長は、小葉主事に対し、原告の入室を阻止するよう指示したこと、小葉主事は、右指示により三家本局長の右手側斜後方で開かれた入口扉近くに立つていたが、同局長と原告とは、なおも口論を続け、至近距離で対立していたこと、この間、同局長は、原告に退去するよう命じたが、原告はこれを無視し、なおも入室しようと体を左右に移動させると、同局長もこれに応じて左右に体を動かし、入室阻止を図つたこと、そのうち、同局長と小葉主事との間に数十センチの間隙ができたので、原告は、両手をポケツトに突込んだままそこを通り抜けようと踏込んだところ、当時、原告は、体重八六キロ、身長一七五センチの巨体であつたため、右間隙から中に擦り抜けることができず、原告の右肩附近が、三家本局長の右肩附近に当り、その勢いで同局長は平衡を失つて後方によろけて退り、そのはずみで、同入口南側附近にあつた消化器に左足が触れ、入口から二、三メートルの地点で尻部、腰部附近から床(コンクリートにプラスタイル張り)の上に落ちて仰向けに転倒したこと、その際、同局長は、手で後頭部を抱えていたが転倒後もそのままの状態で足をばたつかせ、小葉主事に対し、「俺をこかした、現認せよ、警察を呼べ」と叫び、その後、立ち上つてからさらに同人に時間を確認させるとともに、自らも時計で時間を確認したこと、原告は、三家本局長のこのような大げさな態度に憤慨し、「デツチ上げや」というなり腕章を自己の足元に叩きつけたが、その場に居合せた同僚の塚本から他で話したらどうか、となだめられ、肩にかけていたカメラを同人に手渡し、郵便課事務室を通り抜け、集配課事務室にあるロツカーから日記帳を取り出し、前記郵便課入口附近に来ると、警察官が来ていて(たまたま当日の早朝、西成郵便局の庁舎に数百枚に及ぶビラが貼布されていたので、その現認のため警察官数名が来ていた)、同局長の説明を聞き、それに従つて距離の測定を行つていたこと、その際、原告もその事情を聴取されたが、前認定のような事実を述べたこと、三家本局長は、その日疼痛がするとして、大阪逓信病院で診察を受けたところ、「仙骨部打撲、向後五日間の通院加療を要す」と診断され手当を受けたこと、しかし、その後は同病院に通院せず、西成郵便局の局医である西川医院(内科、産婦人科)に行き、八日間にわたり治療を受けたこと、原告は、前記警察官の事情聴取以後何ら取調べも受けず、刑事上の処分もされていないこと、

以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。

右事実を総合すると、原告が、郵便課入口附近において三家本局長及び小葉主事から入室を拒否された際、同人らの間隙を擦り抜けて入室しようとすれば、その入口の巾員と原告の体格からみて、当然相手方と接触し、場合によつては相手を転倒させるであろうことは優に認識できたものというべく、したがつて、原告は、郵便課への入室理由が何んであれ、それを実力によつて強行し、同局長と接触して転倒させこれにより傷害を負わせた行為につき、その責を免れない。そして、原告の行為が、勤務時間外の行為とはいえ、右傷害事故の発生場所が自己の勤務する職場内であり、かつ職場の上司に対するものである点を考えれば、右行為は、国公法九九条八二条一号及び三号に該当し、懲戒処分の対象となりうる非違行為といわざるをえない。

三腕章の着用及び腕章取り外し職務命令違反について

原告が、昭和四二年一二月四日から同月八日まで勤務時間中に、被告主張のとおり腕章を着用していたこと(ただし、外務事務の場合を除く)、これに対し、被告主張のとおり、管理職からその取り外しを命ぜられたが、これに応じなかつたことは当事者間に争いがない。

第四処分説明書記載の事由以外の処分理由の追加主張について、

およそ懲戒権者が、当該職員を懲戒するに当つては、懲戒に該当する一定の具体的非違行為を確定したうえ(以下、このような事実を基本的処分事由という。)、さらに右行為に関連してその処分時までに発生した一切の事情(以下、これを付加的処分事由という)を考慮して相当と認められる処分をすべきことはいうまでもないところ、国公法八九条一項が、とくに、「……懲戒処分を行わうとするときは、処分を行う者は、その職員に対し、その処分に際し、処分の事由を記載した説明書を交付なければならない。」と規定し、いわゆる処分説明書の交付を義務付けている所以は、当該職員に処分事由を熟知させ、これに不服がある場合には人事院に対する不服申立(審査請求又は異議申立)等の機会を与え(同法九〇条、九〇条の二)、その職員の身分の保障と懲戒処分の公正を確保するにあるから、処分説明書に記載を要する処分の事由の範囲、程度は、懲戒処分の基本的処分事由たる事実は全て記載を要するが、その記載は、被仮分者が如何なる事由で処分されたかを知り得る程度、換言すれば、事実関係の同一性を判別しうる程度をもつて足り、付加的処分事由の記載は要しないものといえよう。

本件免職処分時における処分事由は、被告が本訴で処分の理由として主張する事実のうち、業務指導妨害の事実及び三家本局長に対する暴行の事実であることは当事者間に争いなく、原本の存在と成立に争いない甲第一号証によれば、処分説明書記載の処分事由も右の二つの事由に止まると認められ、その余の事実(腕章着用及び腕章取り外し職務命令違反行為)について記載があると認めることは困難である。

前述のとおり、処分説明書に全く記載のない事実を懲戒処分の基本的処分事由と主張して、当該処分を正当づけることは許されず、結局のところ、被告が、本訴において本件免職処分事由として主張する事実のうち、前記処分説明書に記載されていると認められる業務指導妨害及び暴行行為を基本的処分事由とし、その余の事実(腕章着用及び腕章取り外し職務命令違反を含む)を付加的処分事由として、これらを総合勘案して、本件免職処分が相当であるか否かを判断すべきである。

第五権利の濫用について、

被告主張の本件免職処分事由中、本件免職処分の基本的処分事由たりうるのは、前認定のとおり、業務指導妨害及び三家本局長に対する暴力行為の二点に限られる。そして、右各行為につき、国公法八二条を適用し、如何なる懲戒処分を選択するかは被告の裁量権の範囲に属するものではあるが、その処分は、行為の態様、程度等諸般の事情からみて、合理性を有するものでなければならない。

ところで、右業務指導妨害行為については、前認定の事実によれば、当時、全逓は諸要求を掲げて闘争に入り、実力行使を指示していた時期でもあり、原告が、荒木課長の指導に反する指示をしたのも、個人的理由に由来するものではなく、組合役員として、組合の闘争過程に生じた争議的行為の一種とも把握され(だからといつて、もとよりこれが適法視されるものではない。)、また、右指示によつて、具体的に職場が混乱し、郵便物の配達に著しい支障を与え正常な業務運行が阻害されたことが認められない等の事情は、懲戒に当り考慮すべき酌量事由と考えられる。

次に、三家本局長に対する暴行についてみるに、如何なる型態にせよ、暴力行為は断固排除さるべきで、これが是認されるものでないことは論を待たないが、前認定の事実によれば、もともと原告の三家本局長に対する暴行は、偶発的に発生したものであつて、未必的に暴行の意思のあつたことは否定しえないとしても、原告には積極的に同局長に暴行を加える意思がなかつたのであり、ことに傷害の発生については全く予想だにしていなかつたこと、その傷害の程度についても、左程重大視する程の結果を生じていないこと等の事実も、懲戒に当り考慮すべき事情といえる。

本件における基本的処分事由というべき業務指導妨害及び三家本局長に対する暴行行為が、国公法八二条一号又は三号に該当するものとはいえ、さもて重大なものとはいえず、原告がこのような行為に及んだ前後の事情、行為の結果等前記諸事情を勘案すると、原告に対し、郵便局の職員としての地位を奪う免職の懲戒処分を選択することは、著しく不合理で妥当性を欠き、苛酷に失するものと言うべきである。仮に、前記付加的処分事由たる腕章着用及び腕章取り外し職務命令違反行為が、被告主張のとおり違法なものであり、かつまた、被告がその余の情状として付加して主張する事実が存在したとして、これらの情状を考慮してみても、本件の基本的処分事由に鑑みれば、右判断を左右しえない。

結局、被告のなした本件懲戒免職処分は、懲戒権の行使について、裁量権の範囲を逸脱もた違法があり、その違法は、本件免職処分の取消事由に該当するといわなければならない。

本件免職処分の取消を求める原告の第二次的請求は理由がある。

(結語)

よつて、原告の本訴請求中、第一次的請求は不適法であるから却下し、第二次的請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(石井玄 田畑豊 窪田正彦)

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